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私は20年以上、歯科臨床の現場にいます。20年前と比べ、最近、治療を受けに来院する患者さんの変化に、私は強い危機感を抱いています。肩こり、頭痛、腰痛、目の痛み、股関節痛など、身体症状を訴える患者さんの激増ですが、それだけでなく、精神的にも無気力、不眠症、鬱(うつ)状態、夢遊状態などで家族ともども苦しんでいる例が増えているのです。そのような患者さんが、少数来院するのではないのです。毎日、気分が滅入るほど大勢来ているのです。 若いのにあまり活動せず、家でゴロゴロしている人、部屋に閉じこもって外出もできない人など、周りに見かけることが多いと思います。 親の肩を子供がもんでやるなどということは、もう昔の話になりました。今は、肩こりのする子供の肩を親がもんでやって学校や職場に送り出し、帰ってくるとまたマッサージしてやるのが一般的になってしまったのです。それでも登校、出勤ができればよいほうで、せっかく受験に合格したのに不登校になったり、中退してしまう例も多いのです。もう、登校する活力も失ってしまったけです。 中には、1日中食べ続けては吐く過食症や、実際には正常なのに、自分は口臭が強いと悩み、人前にも出られないでいる不思議な人も増えています。 そして、各科を渡り歩いて、問題なしといわれ、ついには精神科に回される人も多く見られます。分裂症の薬を投与され、廃人のようになって来院した人も何人もいます。 このような状況のなかで、私には1つの確信が生まれています。現在の小学生が成人になるころ、大きな淘汰(とうた)の波に見舞われるだろうという確信です。本質を見つめる目を持つ臨床家の勘は、ほとんど当たるのです。 私はまた、20年間、小学校の校医をしており、検診を通して小学生の歯を見てきました。衛生意識の向上でムシバは減少しています。それに反し、歯列と咬合(こうごう)が正常な子供がほとんど見られなくなってしまいました。この乱れはひどいもので、例えば上顎(がく)歯列の正中と下顎歯列の正中があっている人は100人に1人くらいしか見当たらないのです。 下顎が左右にズレることを偏位といい、偏位した側の肩こり、頭痛等、の症状が現われるのが一般的です。目は偏位した側の反対側に、痛み、疲労感、視力低下などが現われやすくなります。下顎が後退すると両側に症状は出現します。このように下顎が偏位し、その結果、頸椎(けいつい)、脊椎(せきつい)等にズレが生じ、苦痛な症状が現われる異常を顎偏位症(顎関節症)と言います。 これは、細菌感染などが原因ではなく、食物が軟らかいこと、栄養がアンバランスなこと、よく噛(か)まないこと、運動不足などが原因の、いわゆる生活由来型疾患です。生活が原因の結果、生じた退化がその本態ですから、私は”退化病”と名付けました。 写真@を見てください。小学生の咬(か)み合わせを正面から撮ったものです。上顎の正中と下顎の正中に線を入れてありますが、下顎が右(向かって左)に約3ミリ程度ズレていることがわかります。
この程度偏位したのみで、首が写真Aのように曲がります。頸椎が曲がると、全身のバランスをとるため、脊椎も曲がり、肩や腰も傾きます。 このような子供の後ろ姿を見ると、写真Bのように首、背、腰等がひどく歪(ゆが)んでいます。 このように身体が歪むと、骨のズレによる圧迫側にも、ひっぱられる側にも、苦痛な症状が現われるのです。それだけではなく、精神的にも重心を失ったように集中力、忍耐力、バランス感覚等が崩壊し、バラバラ事件のようになってしまう場合も多くなります。
京都大学霊長類研究所教授で人類学者の茂原信生先生は、歯に咬耗がないという現象は古い時代には見られなかったといいます。そして、ムシバ・歯周病・歯列不正等もごく稀(まれ)にしかなかったと言っています。それが、貴族的生活をはじめた人たちから、それらの病気が増加したと語っています。 例えば、戦国時代から徳川初期のころ、将軍の歯列も歯もとてもよかったのです。ところが、権力、生活が安定し、お毒味役がつき、軟らかいものを食べるようになった徳川後期の将軍には、ムシバも歯周病も歯列不正も多くなったといいます。そして14代将軍、家茂はムシバだらけ、歯列不正、歯周病もひどく、若くして死に、300年で徳川家も滅びたのです。 ところが現代は国民のすべてが徳川家以上の貴族食となり、徳川家が300年かけて退化した以上の退化を、ここ数10年でやってしまっていると、警告しています。 現代の若い人の歯は、生まれたばがりのようにとがっていて、噛んで磨耗した跡がありません。顔立ちは細く、顎はとがって、後退し、鼻が高くみえます。鼻が高くなったのではありません。下顎が小さくなったり、後退しているのです。写真Cをご覧ください。約3000年前の縄文時代の日本人の骨です。下顎は四角く、太く発達し、歯は咬耗しています。これが、何10万年もかけて獲得してきた人類の形質なのです。それが、あっという間に退化してきた結果、現在のような奇妙な患者さんの激増となってしまったのです。
臨床現場を知らない皆さんには、事の重大さがピンとこないと思います。では少し実例を示しましょう。 女子高校生で、満足に通学もできない患者さんが相談に来ました。全身的に苦痛な症状に満ち、体力もありません。歯列矯正を希望していました。X線検査した結果、矯正治療は危険だから、やめた方がよいという結論に達しました。下顎骨があまりに細く、矯正治療で歯を動かすと、我慢できないような苦痛を生じ、空中分解してしまう危険があると考えられたのです。細い筋肉が切れたり、顎骨が折れる危険もあります。つまり、もう医学の力も及ばないのです。 通常のルールも守れず、予約もなく突然やってきて診てくれと言い張り、夜、私宅まで電話してきてくどくど苦痛を訴え、無理に予約をとって、その挙句にキャンセルしてくるような、現実感覚を失ってしまった人もいます。 退化病は、医学の力のみで解決できないことを知っていただきたいと思います。認識の程度に病み、認識の程度に治る。それが退化病です。認識を深め、人間的な生活をし、人間的な体と心を保持してほしいと願っています。 しかし、それらを知らない人が大多数です。大淘汰の波は必ず来ると私は確信しています。 私は自分の臨床から得た実感に自信をもっています。歯科界には無責任な学説が幾つも見られます。甘いものを食べても気分が良ければβエンドルフィンが出るので健康によいとか、ブラッシングはあまりしなくてもよいとか、軟らかいものを食べて顎が小さくなったわけではないとか、有名な学者が言っています。いずれも臨床の現場にいる者にとって信じ難い学説です。 砂糖を好きなだけ食べ、ムシバ・歯周病・貧血・自律神経失調症になった患者ばかり多いではないですか。小臼(きゅう)歯を抜歯しないと乱抗(らんぐい)歯を治すスペースもないのに、顎は大きくなっているなどというのは、どこかに間違いがあるはずです。 私の実感が正しかったと、いつか証明される日が来るはずです。 「いのち」第16号より (丸橋歯科「良い歯の会」 平成8年7月20日発行) |
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