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 江藤淳が死んだ。日本の精神的自立のチャンスであった戦後思想が脆くも融解していった過程を明確にした名著『成熟と喪失』をはじめ、私が彼から学んだものは大きかった。時代の流れに野合せず、文学者として、思想的存在として、彼は常に屹立し、太い杭のように時代に突き刺さり、警告を発し続けた貴重な存在であった。

 同じく骨太な、本物の保守主義の文学者である大岡昇平とともに、私が最も敬意を抱いてきた文学者の一人であったが、江藤淳自殺のニュースに接し、私は驚くほど平静であった。脳梗塞を患い、執筆活動が困難となり、時代に突き刺さる杭として機能できなくなった己を形骸と断じ、自らの意志で処決した江藤淳の思想が、私にはよく理解できた。文学者としての生涯の在り方を示したのであろう。

 限りなく強く、同時に限りなく優しくという意味で、江藤淳の死は文学精神の本質を、形として見せてくれたと思う。前述の如く、彼の自死は、文学精神の強靱さと自立を示すものであるが、また彼の死が、愛する夫人を喪った時から予定されたであろうことは誰れもが想い至るところである。ガンに侵された夫人を看取った時、喪失したものが彼が生きる動機と如何に深く関係していたか理解し、茫然と天を仰いだと想像できる。

 『成熟と喪失』は、日本の戦後精神が成熟と自立を成し遂げられなかった根底に、母に抱かれた日本の母系社会の精神があることを指摘しているが、江藤淳は自身の根底に同じ血が流れていることを知っていたのである。その葛藤を通して『成熟と喪失』のテーマは深められ、名作となったことがいま理解できる。

 江藤淳の死は、私の彼に対する文学的理解をより深いものにしてくれた。心優しき者は、心強くあらねばならないのである。

 
 
 

 私一人ひとりが、たとえ小さくても自立した精神を持ち、きちんと発言してゆくことをやめたなら、人間社会の維持は困難であることを文学は教えてくれる。臨床現場で私が毎日痛感している深刻な問題についても、私は提言してゆかねばならない。最近の日本人の体の急激な異変についても述べなければならないが、より顕著に、精神がおかしくなっていることをまず指摘したい。

 それにしても、日本人の精神どうしてこんなにおかしくなってしまったのだろうか。私には、日本人がその存在理由である精神的核を失ってしまったように思える。

 例えば、日本のようにテレビ番組で、朝から晩まで見るに耐えない白痴番組を流し続け、それをまた子供から大人まで、大口を開けて笑って見ているような民族がいるだろうか。少なくとも第一級の民族とは言い難い。外国でテレビを見ると、もっと知性のある番組ばかりだ。コメディーの類はどこの国にもあるが、落語・漫才といった範囲のもので、品格を失ったものは、見られない。

 多くの日本人にビートたけしが支持される事実は、日本人の白痴化を明確に示す良い指標だ。馬鹿げたヒゲなどを顔に書き込み、テレビに出て来る姿は醜態の極みだ。私は『風雲たけし城』と言う番組を子供たちが笑い転げて見ていた頃、不吉な予感を抱いていた。この国の若い人たちの脳は、みんなこの番組のものになってゆくのではないか。

 いま、日本では大人までコミックを買いあさり、電車の中でマンガ本を抱えたまま居眠りしている姿が多く見られる。もちろん通常の書物が売れなくなっている。このような人たちの頭脳によって優れた仕事がなされる筈はない。

 現実に、例えば特許出願件数などを見ても、先進国ではビリになってしまっている。また、このような人格で素晴らしい伝統や文化を支え、創造することなど可能なはずもない。

 
 
 

 果たして近年、若年者の頭は想像を超えておかしくなっている。前述のような低俗文化がもたらす負の社会的教育効果もあろう。そして、また環境毒物によるダメージも大きいのかもしれない。

 北海道大学の研究グループの発表によれば、環境ホルモンの一種のビスフェノールAが環境中のレベルに近い低濃度でも脳神経を損傷することを明らかにしている。また東京大学の堤教授らは、わずか0.22ppb(1ppbは10億分の1)のビスフェノールAがネズミの初期胚の発育に異常を起こすと発表している。その他ホルモン入りの牛肉などの影響も疑っているが、ともかく脳が狂っているとしか思えない人が目に見えて増加している。

 そのおかしさとは、例えばこうだ。臨床現場の具体例を挙げる。

●変な患者がいて、彼は時々ローマ字で書いた脅迫的な手紙を送ってきた。同様な電話も何回かあり、私は警察に届るつもりでいた。それには手紙が証拠として重要である。ところが或る日、さすがにまずいと察したのか、この患者が受付に現れ、手紙を返して欲しいと言う。ちょうど物のわかる事務職員が受付近くに居合わせ、受付に手紙は返さないように指示した。3人いる受付の1人が「はい」と返事をし、この手紙を返してしまったのである。

●同様な事例はいくらでもある。或るアシスタントに、私は危ないと思って言った。「これはすぐにもう一度使うから捨てないでおいて」。歯科治療はタイミングなので、一度捨てられると、再びその材料を用意する時間にタイミングがずれてうまくいかなくなる。彼女は明るくはっきり「ハイッ」と返事をした。そしてすぐに言われた物をバリバリと折りたたみ、ポイッと捨てた。

●全く反応を示さない女子スタッフはとても多い。目の前で「○×持ってきて」と大きな声で言っても全く返事もせず動こうともしない。このような人に何時、何を頼んでも無反応である。絶望的な気分になるが、仕方なく毎日やってもらう事をスケジュールに書いて渡す。しかし、強く言われたのでその日だけやって、翌日にはもう忘れている。

●診療室の空気は汚れる。特に冷暖房を行う時期は閉め切っているので汚れやすく、炭酸ガス濃度も上がる。だから歯科関係者は、呼吸器系疾患にやられる率が高い。換気をするように窓を細目に開けておくこと、換気扇を回しておくこと、空気清浄器のスイッチを入れること。毎日言っても、ほとんど毎日私がやるしかない。 

 気が遠くなるような現実であるが、一つを妥協すれば仕事が骨抜きになる。不完全なものは嫌いだ。愚に妥協するのも不得意だ。だから突っ張るより仕方ない。一流の仕事をする人間の条件は、四流の人間を使って一流の仕事をすることだ、と豪語して。

 例に示したような行動をする人は、それをたまたまするのではなく、常にそうなのである。短大や大学を出ている人がこれである。しかも少数派ではなく、この傾向の人物が多数派と思われる。だから、新聞のニュースで見る手術の患者取り違えや注射器に消毒薬を入れたりする間違いはよく理解できる。これは、何時でも何処でもアリなのである。

 はっきり言って、優れた反応をし、熱意をもって優れた仕事をする人と、前述のような人たちが人間として同価値だなどという考えに、私は賛成しない。このような人たちを過保護にする思想は、社会を劣化させるのみと思う。もし彼らを擁護する人には、私は聞いてみたい。このような人たちの治療を受ける道を選択しますか、と。

 ここには身近に見るスタッフを例示したが、患者にも同様な人が増えている。これらは、決して昔は見られなかった新人類である。私が中学生の頃、1学年250人もいて、中には頭の悪い友達もいた。しかし昔はどんな人も、全て役に立つように働いた。頭は悪くても馬鹿ではなかったと思う。

 
 
 

 脳が働かず、無責任な若年層が増加する社会的背景について、私は次の点を批判したい。

 まず、競争を否定する思想は非現実的であり、優れたものを育てる社会を壊す、ということだ。運動会で1等、2等とつけないとか、成績の5段階評価をとりやめるとか、とんでもない話だ。ましてついてゆけない生徒のために全体の授業レベルを下げるなど、決してあってはならない。学力別クラス編成を行うべきだと思う。理解できない生徒が難しい授業を聞くのは苦痛なだけで何の役にも立たない。

 学力だけが人間の価値の全てではない。庭師・大工・板前など職人になることも、人格的成長を遂げることも立派な価値だ。それに、競争のない社会など現実的に存在しないし、存在したら大変困ることだ。努力することが報われず、みんな同じ評価しか得られないとしたら、民族はどんな人間になってしまうか。既に多くの国で実証ずみだ。

 最近、年金制度に関するニュースを聞き、私はがっかりした。65歳以上でも働いている人の年金は減額されると言う。とんでもない間違いだ。むしろ年をとっても働いている立派な人の年金を増額すべきであると思う。働くほど損をする制度下で人間は腐敗する。

 第2に、自己責任を不明確にする社会風潮を質したい。誤って川に落ちれば、フェンスを設置しない行政が悪いと責めるのみでは一方的すぎる。自己の不注意や愚鈍も同様に責められるべきである。

 殺された被害者より、加害者の人権の方が保護されすぎるのではと感ずる人も多いと思う。これは自己責任を問わないことが人権重視だととり違えた思想が行き過ぎた結果である。人権とは責任を果たしてはじめて与えられるものなのである。責任はきちんと取らせなければ社会のルールは崩れ、人間性は腐敗するばかりである。責任能力のない人間を無罪とするのも考えものだ。

 学級崩壊について私見を述べる前に一つ確認したい。分煙についてである。喫煙は自由だが他人に迷惑をかけないよう両者を分離すべしというのが分煙の思想だ。この思想は多くの支持を得ているし、私も支持している。

 そこで聞きたい。暴力を振るい学級崩壊を起こす生徒は隔離すべしと私は考えるが、賛同できるかということである。分煙に賛成し、学級崩壊を起こす生徒の隔離に反対する人は多いはずだが、そこには大きな矛盾がある。思想的未成熟に起因する甘いエセ人権主義の先に、本物の民主主義は望めないと私は思う。

 以上述べたように主体性の崩壊と文化の低俗化が、相互作用しながら同時進行しているのが現在の日本である。ここから、私の指摘し続けてきた生活由来性疾患や退化病が社会現象として大量出現してきたのである。まず認識が崩れ、生活が崩れ、体も崩れたのである。

 
 
 

 最後に、現代の日本人の身体がどのように形を失い、機能を失っているか、その現実を示したい。既に紙数もなく、具体例を1例のみ示すが、程度の差はあれ、この傾向の若者が大量発生していることを知っていただきたいし、それにどう対処したらよいか考えていただけば幸いである。

 写真@は17歳の男子高校生である。宇宙人のように頭が細長く顎が小さい。プライバシー保護のために目を黒くつぶしているのでわからないが、この顔型の人たちの目は死んだ魚のように光がない。

 写真Aは横から見た姿である。顔は半月型に伸び、猫背で首は前の方に突き出して曲がっている。活力のない姿である。硬い物を咬まず、全身運動も少ないこと、それに環境毒物などの害も受けたのだろうか。そして具合が悪い、元気がない、学校へ行けないと言って来院する。咬み合わせの治療によっても、重症者の場合は全快するのは難しい。治る力も失った領域に入ってしまっている。

 私が強く警鐘を鳴らしたいのは、世界中で何故日本に、こんな若者が急増しているか、という理由についてだ。ダイオキシンに汚染した疑いのあるホウレン草を大臣が食べてみせて「安全だ」というような没知性の潮流を否定する必要はないだろうか。また、弱を保護する事のみ善とし、強を育てることの大切さを忘れた潮流を放置してよいのだろうか。生命力を強化することによってしか、弱り目に祟り目という自然の法則に対処できない事実を思い起こして欲しい。

「いのち」第18号より  (丸橋歯科「良い歯の会」 平成11年10月15日発行)

 
 
 

 

 



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